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広島高等裁判所 昭和46年(う)235号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月に処する。

ただし、本裁判確定の日から六年間右刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は広島高等検察庁検察官斉藤正雄提出、広島地方検察庁呉支部検察官内山豊碩作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

論旨は要するに、原判決が公正証書原本不実記載、同行使罪の成立を認めなかつた点、詐偽登録罪と詐偽投票罪とを牽連犯の関係にあるとした点でいずれも法令の解釈適用を誤つたものであるというのである。

そこで審案するのに、原判決が本件公訴事実のうち、選挙人名簿に登録させる目的で虚偽の転入届により屋敷泰子ら九名の広島県安芸郡倉橋町外の居住者を同町住民として同町役場の公正証書たる住民基本台帳に不実の記載をさせ、その頃これを真正なものとして備え付けさせて行使し、同町選挙管理委員会をして右住民基本台帳に基ずき同町選挙人名簿に右九名を登録させた事実について、公職選挙法二三六条二項(詐偽登録)は刑法一五七条一項(公正証書原本不実記載)に対し特別法の関係に立ち、詐偽登録の場合は公正証書原本不実記載の規定の適用がないとして、詐偽登録罪のみの成立を認め、公正証書原本不実記載、同行使罪の成立を否定している。しかし、公職選挙法二三六条二項と刑法一五七条一項はそれぞれの規定の内容、立法趣旨、法益に徴するとき、前者が後者に対し特別法の関係に立つものとは解することができない。けだし、前者は専ら選挙の公正を確保するため選挙人登録の不正を防止せんとする規定であるのに対し、後者は公証制度の有する信用確保のための規定であつて、前者を適用したからといつて後者の構成要件的評価をも十分に尽しているものとはいえないからである。従つて、本件各公正証書原本不実記載罪と詐偽登録罪とは被登録者ごとに観念的競合の関係にあり、両罪とも成立するというべきであるから、これと見解を異にし公正証書原本不実記載罪、同行使罪の成立を認めなかつた原判決は法令の解釈適用を誤つたもので、右誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかあるから、原判決はすでにこの点において破棄を免れない。

さらに、原判決は、法令の適用において各詐偽登録罪と各詐偽投票罪とが通常手段、結果の関係にあるとして刑法五四条一項後段、一〇条を適用しているのであるが、虚偽の転入届により選挙人名簿に登録させた行為と、右登録をうけた者が選挙人であるように装つて投票用紙の交付をうけ投票した行為とは各犯罪の性質上通常手段、結果の関係を有するものとは解し難く、両罪は併合罪の関係にあるものと解するのが相当であるから、原判決はこの点でも法令の適用を誤つたものというべく、右誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但し書に則り、本件につき次のとおり判決する。

原判決の認定した事実(ただし、第一の一の「そのころ同町住民基本台帳にその旨記載させ」の次に、「もつて権利、義務に関する公正証書の原本たる住民基本台帳にその旨各不実の記載をさせ、そのころ同所に真正なものとして備え付けさせて各行使し」を付加挿入する)に法令を適用すると、被告人の原判示所為中第一の一の各公正証書原本不実記載の点は刑法一五七条一項、六〇条に、各同行使の点は同法一五八条一項、六〇条に、各詐偽登録の点は公職選挙法二三六条二項、刑法六〇条に、第一の二の各詐偽投票の点は公職選挙法二三七条二項、刑法六〇条に、第二、第三の各買収の点は公職選挙法二二一条一項三号に各該当するところ、各公正証書原本不実記載と各同行使とは手段、結果の関係にあり、かつ、各公正証書原本不実記載と各詐偽登録とは一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、結局刑法五四条一項後段、前段、一〇条によりそれぞれ最も重い不実記載公正証書行使罪の刑により処断することとし、各同罪につき所定刑中いずれも懲役刑を、各詐偽投票の罪につき所定刑中いずれも禁錮刑を、各買収の罪につき所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上の各罪は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い河崎修についての不実記載公正証書行使罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役八月に処し、情状により刑法二五条一項を適用して本裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予し、主文のとおり判決する。

(牛尾守三 村上保之助 一之瀬健)

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